その後のことは手短に書くだけにしておきます。
彼女は自分が死んだ後のことについても抜かりなく指示を遺していました。もっとも、彼女の遺産の相続については指示通りにはいきませんでした。彼女にも親族がおり、親族達の間でかなりの相続争いが起こったと聞いています。お屋敷は結局売りに出され、彼女の描いた絵も散り散りになりましたが、私には関係のないことです。
彼女が死んでから数日後、私の家に小包が届きました。彼女の字で私の名前が書かれていました。実は私は彼女に名前を名乗ったことがありません。なのに、彼女はどうして私の名前と住所を知っていたのでしょうか。これは未だに謎です。
中には一枚の絵がありました。小さな絵で、そこには台所に立っていた私の姿が描かれていました。
絵の私の顔にはしっかりと痣が描かれていました。
それでも、絵の中の私はとても綺麗でした。自分で自分のことを綺麗だと言うとは、随分とうぬぼれていると思われるかもしれません。でも、その絵を見た時に私が思ったのは、絵に描かれた私が綺麗だということでした。とても綺麗で、そして寂しげな絵でした。
そこには真剣な顔で味噌汁を作っている私がいました。
ひとりで、自由に生きたいと思っていた私がいました。
彼女と猫のお墓は川の側の小さな墓地にあります。とても日当たりがよく、明るい場所です。猫達がよく日向ぼっこをしていますから、すぐにわかると思います。
私は今、この文章をひとりで書いています。
自由に生きているかどうかは、自分でもよくわかりません。
私が彼女ほど自由に生きられるのだろうか、誰かに手を握っていてほしいと思う時が来るのだろうか、そんなことを時々考えます。
絵は今でも時々描いています。
最近、家の前を野良猫が通るようになりました。今度、声をかけてみようと思っています。
終
2008/5/17
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