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 死んだにしてはやけに体が重く、背中や肩が痛みます。濡れた服が体のあちこちに張り付く不愉快な感触も、とても死後の世界のものとは思えません。おまけに猫が軽く爪を立ててきて頬がチクチクと痛いのです。

「あたたたた!」  

 私が飛び起きると猫はすかさず飛び退いて距離をとり、不思議な生き物でも見るようにじっと私のほうを窺っていました。

「なんだ生きてるのかい」

 顔を上げると「彼女」が立っていました。年齢は78だったことを知ったのは彼女の訃報を伝えた新聞報道を見た時でした。背が高く、体が細い上に黒づくめの服を着た彼女は、本物の魔女のように見えました。

「汚い字だね、もう少し綺麗に書けないものか……」

 彼女が読んでいるのは、私が手元に置いておいた遺書でした。遺書を国語の教師よろしく添削する現実的な魔女を見て、私はここが天国でも地獄でもないことを確信しました。自分が生きている、そのことを認めざるを得ませんでした。

「あの……私はなんで生きてるんでしょうか。自殺したはずなんですけど」
「失敗したんだろ」

 あとで分かったことですが、つまるところ私の飲んだ薬はただの小麦粉をかためたものでした。ネットで売られている薬に偽物が多いとはいえ、小麦粉を固めただけのものを睡眠薬として売りつける人間がいるなんて、中学生の私には全く想像できませんでした。ゲップも出るはずです。後にこのことを彼女に報告すると、彼女は大笑いしました。多分彼女が笑った姿を見たのはこの時だけです。

「なんで、ここなんだい?」
「え?」
「人ん家の庭で死のうと思う人間なんてそんなにいないだろ」
「その……子供の頃にここに忍び込んだことがあって」
「今だって子供じゃないか」
「もっと子供だった頃です。とても綺麗で静かな所だったのを覚えてて……」
「この場所が?」
「はい、それで、死ぬならここがいいかなって……」
「……」

 彼女は、黙ったきり私のほうをじっと見つめていました。とても厳しい目つきでしたがなぜか私は怖くありませんでした。

 いつの間にか彼女の横に座っていた猫が、退屈そうにあくびをしていました。

  

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2008/5/13
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